
体温37度2分、酸素96%、血圧110の68。数字はどれも大きく崩れていない。でも、なんとなく様子がおかしい。
この「なんとなく」を、どう言葉にするか。今日はそこから始めます。
この章で伝えたいこと
- 熱が出ない肺炎がある
- 数字は基準値ではなく、その人のいつもと比べる
- 「なんとなく違う」は、分解すれば報告できる
なぜそう言えるのか、順番に見ていきます。
数日後。ラッ子さんの家。

今日はね、なんだかしんどくて。トイレまで行くと、途中で座り込んじゃうんですよ。

そうなんですね。少し測らせてくださいね。
……体温37度2分、酸素は96%、血圧110の68。うん、大きくは崩れてないですね。

そうでしょう。だから大丈夫だと思うんですけどねえ。

先週も来てもらってましたよね。そのときは、何ともなかったんですか。

……先週は、私じゃなくて別の者が伺っていて。

ああ、そうでしたか。いえ、責めてるわけじゃないんです。
(シジ美ちゃんの心の声)
数字は、全部いつもの範囲。
なのに、どうしてこんなに落ち着かないんだろう。
事業所に戻って。

シャチ子さん。バイタル、どれも大きく崩れてなかったんです。でも、なんか違う気がして。

その「なんか違う」、大事にしてください。それを言葉にするのが今日の話です。
まず、ひとつ確認を。ラッ子さんの平熱は何度ですか。

えっ。……すみません、覚えてないです。

記録を見てみましょう。もし平熱が35度8分の方なら、37度2分は「微熱」ではありません。

……1度4分も上がってる。

そうです。血圧も同じで、普段140台の方の110は、正常値ではなく「下がっている」。
数字を見るとき、基準値と比べるのではなく、その人のいつもと比べる。 ここが在宅では特に大事です。

それ、先週の記録は見た? 自分が入ってない回のぶん。

……見てないです。

新人が一番つまずくのそこよ。前回と比べろって言われても、前回入ってないんだもの。
熱が出ない肺炎がある

言っておくけど、熱が出ないまま肺炎になってる人、山ほどいるからね。

熱が出ないのに、肺炎ですか。

私も何度もあるわよ。「なんとなくいつもと違う」でしか気づけなかったこと。

根拠のある話です。誤嚥性肺炎は、発熱や咳、膿のような痰といった典型的な症状が出ないことが多い。
代わりに出るのが、なんとなく元気がない、食欲がない、のどがゴロゴロする。そういう非特異的な症状だけ、ということがよくあります。

……ラッ子さん、のどがゴロゴロしてました。私、痰かなって思っただけで流しちゃった。

気づけていますよ。あとはそれを、記録に残せるかどうかです。
肺炎だけを見ない

在宅の観察では、肺炎と一緒に脱水と低栄養も同じ枠で見ます。

どうしてセットなんですか。

食べられなくなると水分も減る。水分が減ると口の中が乾いて、菌が増える。全部つながっているからです。
見るのは、皮膚の張り、口の中の乾き、尿の量。それと、食欲の低下と体重の減少。

体重、家に体重計がない家も多いからね。ズボンのゆるみとか、指輪が回るとか、そういうので見るのよ。

そんな見方があるんですね。
酸素の数字は、安心材料にならない

酸素が96%だったので、そこは大丈夫かなと思ったんですけど。

そこ、気をつけてください。酸素飽和度は、誤嚥のテストではありません。
誤嚥したから下がるのではなくて、もともと下がりやすい条件のある方が下がる。本人の呼吸の状態を見るもの、と捉えるほうがいいとされています。

じゃあ、96%でも誤嚥してる可能性はあるってことですか。

あります。数字が正常でも、誤嚥は否定できません。

逆もあるわよ。下がる条件が何もない人が、食後にストンと落ちたとき。

それは……。

窒息を疑わないと。悠長にしてる場合じゃない。
背中を聴く

肺の音は、どこで聴きましたか。

前からです。胸のところで。

背中は?

……聴いてないです。

誤嚥したものは、重力に従って背中側にたまります。背面の聴診は省けません。

でも、寝たきりの方だと背中に届かなくないですか。

横向きになってもらいます。それも難しければ、聴診器を背中とベッドのあいだに滑り込ませる。
特に、背中の下のほうを慎重に。

慣れるまで時間かかるからね。最初は「聴いた」って言えるだけの音が拾えなくて当然。
口の中は、汚れだけを見る場所じゃない

口の中は見ましたか。

はい。口腔ケアの話をしようと思って、開けてもらいました。

そのとき、汚れ以外に何か気づきましたか。

……えっと、汚れているかどうかしか見ていませんでした。

薬が残っていることがあります。飲んだつもりで、口の中や喉に残ったまま。

飲んだあとに、ですか。

本人も家族も気づいていないことがあります。「毎日きちんと飲んでいます」とおっしゃる方でも、確認する価値があります。

あと義歯ね。外して裏を見る。食べかすがべったり残ってることあるから。
それと、前の食事の残りが頬の内側に残ってないか。それ、そのまま夜に誤嚥するのよ。

……見るところ、こんなにあったんですね。
シジ美ちゃんの、今日の学び
- 数字は基準値と比べるのではなく、その人のいつもと比べる
- 誤嚥性肺炎は典型症状が出ないことが多い。酸素の数字が正常でも、誤嚥は否定できない
- 背中を聴く。口の中は、汚れ以外も見る
ただ、口の中を見ようとして、思い出したことがあった。
——マンボ郎さんは「やってるつもりなんですけどね」と言っていた。
あれは、どういう意味だったんだろう。
この章のQ&A
Q. 前回の訪問に自分が入っていないとき、他人の記録から差分をどう読めばいいのでしょうか。
まず、数値は必ず時系列で並べて見ること。これは他人の記録でもできます。難しいのはそこではなく、書かれていない部分です。
現実的な手は2つ。ひとつは、訪問前に前回入った人に一言聞く。「ラッ子さん、先週どうでした」の30秒で、記録には残らない印象が拾えます。もうひとつは、自分が書くときに、次に入る人が比べられる形で書く。「トイレまで自力で往復できた」と書いてあれば、次の人が差分を取れます。
差分が読めないのは、自分の力不足ではなく、記録の形の問題であることが多いです。
Q. 訪問の時間帯に食事をしていない家のほうが多いのですが、食事場面はどう見ればいいのでしょうか。
見られないことのほうが普通です。だから間接的な痕跡から読みます。
台所やテーブルに残っている食器(どれくらい残っているか)、ゴミ箱の中身、冷蔵庫に手つかずで並ぶ配食、口の中の残渣、義歯の汚れ方。それに、ご本人とご家族への聞き方を変えること。「食べていますか」ではなく「昨日の夕飯は何を、どれくらいの時間で食べましたか」と聞くと、量とペースの両方が出てきます。
むせの有無は、必ず食事中と食事後の両方を聞いてください。 食後しばらくしてからのむせや、痰がらみの増加を見落としがちです。

数字は基準値ではなく、その人のいつもと比べる。背中を聴く。口の中は、汚れ以外も見る。
ただ、シジ美ちゃんには引っかかったことがありました。マンボ郎さんが言っていた「やってるつもりなんですけどね」。あれは、どういう意味だったのか。
次回はこの資料の主題です。口腔ケアは、歯磨きではありません。第3章「口の中を整える」でお会いしましょう。

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※ 登場人物はすべて架空です。特定の利用者・ご家族をモデルにしたものではありません。
※ 本章の医学的記述は、下記の資料に基づいています。個別の判断は主治医にご確認ください。
※ 個別のご相談にはお答えできません。担当の主治医・訪問看護師にご相談ください。
参考にした資料
日医工 摂食嚥下障害Q&A(藤島一郎 監修)Q10 在宅ケアの注意点/Q25 薬の上手な飲ませ方
戸原玄「食べられるかどうかの見極め 〜家でもできる摂食・嚥下機能評価〜」PDN, 2023
大阪国際がんセンター 臨床栄養委員会「誤嚥性肺炎を防ぐ 摂食・嚥下ケアと口腔ケア」
NsPace「嘔吐した後、呼吸時にゼロゼロと音がする場合」

