
口の中をきれいにしましょう、とは誰でも言います。でも、なぜそれが肺炎の話になるのか。
今回は、口腔ケアを「歯磨き」から切り離します。ここが、この連載でいちばん伝えたい章です。
この章で伝えたいこと
- 口腔ケアは歯磨きではなく、感染予防
- お薬で落ちた反射に、手を出せる可能性がある
- 完璧なケアより、続くケア
なぜそう言えるのか、順番に見ていきます。
この資料について
訪問看護の現場でよくある場面を、会話形式でまとめた学習用の読み物です。登場人物はすべて架空です。
なお、新人看護師のシジ美ちゃんはひとりで訪問していますが、実際の新人教育は同行訪問から始まります。ここでは読みやすさのために、ひとりで伺う場面として書いています。
翌週。ラッ子さんの家。

マンボ郎さん、いつもの口腔ケア、見せていただいてもいいですか。

えっ。……見せるほどのもんじゃないですけど。

母さん、ちょっと口開けて。すぐ終わるから。
マンボ郎さんはスポンジブラシを水に浸し、軽く絞って、口の中へ入れる。
前歯のあたりを二、三度なでて、一分ほどで終わった。

……もういいでしょう。

嫌がるんですよ。だから、さっと済ませるようにしてて。

ラッ子さん、口の中をさわられるの、つらいですか。

……いえ。息子がやってくれてるのに、そんなこと言えませんよ。
(シジ美ちゃんの心の声)
一生懸命なのは、見ていて分かる。
でも、何かが違う気がする。それが何なのか、分からない。
事業所に戻って。

シャチ子さん。マンボ郎さん、ちゃんとやってました。サボってるわけじゃないんです。
なのに、これでいいのかなって思っちゃって。うまく言えないんですけど。

言えなくていいです。今日はそこを扱います。まず、位置づけから変えましょう。
歯磨きではなく、感染予防

口腔ケアを、単なる「歯磨き」と捉えないでください。感染予防策のひとつとして捉える。

感染予防、ですか。

前に、誤嚥性肺炎は口の中の菌が肺に入って起きる、というお話をしましたよね。
※ 第1章

あ……。じゃあ口の中って、菌が増える場所ってことですか。

そうです。肺炎の材料が、そこで育っている。 それを減らす行為を、歯磨きと呼ぶのは軽すぎます。

言い方ひとつで家族の本気度が変わるからね。「歯を磨いてください」と「肺炎を防ぐケアです」じゃ、まるで違う。
お薬で落ちた反射に、手助けができる

もうひとつ、伝えておきたいことがあります。以前、お薬で反射が鈍る話をしましたよね。
※ 第1章

はい。飲み込む力と、むせる力が弱くなるって。

口腔ケアには、その逆向きの働きがある可能性が指摘されています。

逆向き……磨くと、反射が戻るってことですか。

「戻る」と言い切るのは慎重にしたいところです。ただ、口腔ケアで肺炎が減る理由として、2つ挙げられています。
ひとつは、菌そのものが減ること。もうひとつが、口腔ケアの刺激によって、飲み込む反射とむせる反射の改善が得られること。

……えっ。

それ、すごくないですか。だって、薬で落ちたものに、私たちが手を出せるってことですよね。

そこに気づけたなら、今日お話ししたい内容の半分は終わっています。

理屈はさておき、口の中がきれいな人は肺炎になりにくい。それは私も十年見てきて、そう思う。

前に、私たちが変えられるのは限られてるって話がありましたよね。姿勢くらいじゃないかって。
※ 第1章

そうでしたね。でも並べてみてください。お薬は主治医、食べ物の形は歯科や言語聴覚士、栄養は管理栄養士やケアマネジャー。
そのなかで口腔ケアだけが、私たちが自分の手で、その場でできる。
「やってるつもり」の正体

でも、マンボ郎さんはちゃんとやってたんです。それなのに三回目で。

そこです。家族ができていないのではなく、必要な手間が想定を超えているという指摘があります。
自分の歯が残っている高齢者が増えて、かぶせ物や入れ歯も多くなった。その清掃は手間も時間もかかって、ケアする側の技量や、計画上の時間枠を超えてしまいがちだ、と。

つまり、頑張りが足りないんじゃなくて……。

必要な量が、想像より多い。ここを取り違えると、指導が説教になります。

「もっとちゃんとやってください」ってね。あれ言われた家族、次から口の中見せてくれなくなるわよ。
一生懸命な家ほど、危ないことがある

シジ美ちゃん、マンボ郎さんのスポンジ、どんな感じだった。

水に浸して、軽く絞って……あ。

気づいた?

水、けっこう残ってたと思います。

それが一番危ないの。取れた汚れが水と一緒に喉へ流れていく。磨いてるつもりで、流し込んでる。

えっ、じゃあ丁寧にやってる人ほど……。

そう。善意が裏目に出るのよ。

文献にも、ブラシは水につけたあと絞り、ティッシュでさらに余分な水分を取ると書かれています。

そこ、私から一つ足させて。軽く絞ったつもりでも、思ってるより水は残ってる。
強めに絞ってちょうどいいくらい。強く絞ったって、水分はちゃんと程よく残るから。

どのくらい絞るかって、どこにも書いてないですよね。

書いてないの。だから伝わらないの。

それと、ブラシに保湿剤をつけてケアすると、取れた汚れが喉に流れ込みにくくなり、誤嚥を防げるとされています。
道具と順番

歯ブラシって、どれでもいいんですか。

いいえ。ヘッドは小さめ、ナイロン毛、硬さは普通か柔らかめ。 大きめ・豚毛・硬めは向きません。

硬いほうがよく落ちそうなのに。

粘膜を傷つけます。そこから菌が入ることを考えれば、逆効果です。

あと順番ね。スポンジは奥から手前。手前から奥に行くと、汚れを喉のほうへ押し込むことになる。
それと、いきなり奥に突っ込まない。まず舌の上に置いて、えずかないか確かめる。

義歯はどうですか。マンボ郎さん、外さずにやってました。

外してください。義歯は菌の温床になりやすいので。汚れやすいのは針金、凸凹の部分、そして裏側です。
外すときは両手で真下・真上に。片手でひねると割れます。落として割れやすいので、水を張った洗面器の上で扱ってください。
嫌がる人に、どうするか

ラッ子さん、口の中をさわられるのがつらいみたいなんです。でも、息子さんには言えないって。

それ、拾えたのは大きいわよ。本人が言えてないことを聞き出せたんだから。

つらさには理由があることが多いです。口の中が乾いている、粘膜が傷ついている、えずきやすい、力が強すぎる。
まず口の周りや頬をマッサージして、ほぐしてから入る。それだけで受け入れが変わることがあります。

唾液腺のマッサージもね。唾が出れば乾きが減って、それだけで楽になる。

時間、かかりますよね。

かかる。だから全部を毎回やろうとしないの。今日はここ、次はここって決める。
一分で終わる完璧じゃないケアより、続く不完全なケアのほうが、肺炎は減るから。
いつやるか

最後にひとつ。口腔ケアは、食後だけのものではありません。

食前にも、ですか。

食前の口腔ケアは、食事に伴う誤嚥を防ぐ手立てとして挙げられています。 口の中が汚れたまま食べれば、菌ごと飲み込むことになるので。

……食べる前に、菌を減らしておく。

そういうことです。
シジ美ちゃんの、今日の学び
- 口腔ケアはただの歯磨きではない。感染予防であり、お薬で落ちた反射に手助けができる可能性のある行為
- 「やってるつもり」は怠慢ではない。必要な手間が想定を超えている。一生懸命な家ほど、水を流し込んでいることがある
- 完璧を求めない。続く不完全なケアのほうが、肺炎は減る
ただ、書きながら手が止まった。
——これを、どう伝えればいいんだろう。
マンボ郎さんに。そして、主治医の先生に。
この章のQ&A
Q. 「やってるつもりで、実はできていない」家を、傷つけずに立て直すには。
やり方を否定しない。手順を足す。 これに尽きます。
「その磨き方だと届いていません」ではなく、「絞り方だけ、ひとつ変えてみませんか」。変更点を一度に一つに絞ると、否定に聞こえません。
それと、やっていることを先に言葉にして返すこと。「毎日やってらっしゃるんですね」から入る。事実として言うだけでいいので、お世辞は要りません。ご家族は「できていない」と言われることを恐れているので、まず「やっている」と認識されていると分かると、次の話が入ります。
Q. 訪問の限られた時間で、そこまで丁寧なケアができるのか。
できません。訪問看護師が全部やる前提が、そもそも無理です。
現実的には、看護師がやるのは「その日の一番大事なところ」と「見本を見せること」。日々のケアはご家族と、可能なら訪問歯科や歯科衛生士が担います。
むしろ問い直したいのは、看護計画のほうです。 口腔ケアが「実施した/していない」でしか評価されていないと、質は上がりません。何をどこまでやるかを分けて書けているか。ここは第4章と、第9章で扱います。

次回は、見たことを言葉にする話です。「なんとなく元気がない」を、そのまま報告してしまう問題を扱います。
シジ美ちゃんが、主治医に電話をかけます。うまくいきません。

※ 登場人物はすべて架空です。特定の利用者・ご家族をモデルにしたものではありません。
※ 医学的記述は参考資料に基づいています。個別の判断は主治医にご確認ください。
※ 制度・加算に関する記述は、改定により変わります。
※ 個別のご相談にはお答えできません。担当の主治医・訪問看護師にご相談ください。
参考にした資料
- 米山武義. 口腔ケアと誤嚥性肺炎予防. 老年歯科医学. 2001;16(1):3-13.
- 米山武義ほか. 要介護高齢者に対する口腔衛生の誤嚥性肺炎予防効果に関する研究. 日本歯科医学会誌. 2001;20:58-68.
- 大阪国際がんセンター「誤嚥性肺炎を防ぐ 摂食・嚥下ケアと口腔ケア」
- Okazaki T, Izumi S. 繰り返す誤嚥性肺炎に対するリハビリテーション医療. Jpn J Rehabil Med. 2023;60(2):108-113.

