
「ちゃんと見たのに、動いてもらえなかった」。新人のころ、たいていの人が一度は通ります。
今回は、見ることと伝えることを切り離します。見えていても、言葉が届かなければ何も起きません。
この章で伝えたいこと
- 医師が動くのは、状態にではなく変化に対して
- 「活気がない」は、何を見てそう思ったかまで言う
- 抜けやすいのは、時間軸と、食事・水分
なぜそう言えるのか、順番に見ていきます。
この資料について
訪問看護の現場でよくある場面を、会話形式でまとめた学習用の読み物です。登場人物はすべて架空です。
なお、新人看護師のシジ美ちゃんはひとりで訪問していますが、実際の新人教育は同行訪問から始まります。ここでは読みやすさのために、ひとりで伺う場面として書いています。
数日後。ラッ子さんの家。

今朝から、なんだか元気がなくて。食事も半分残しました。

分かりました。少し詳しく見せてくださいね。
シジ美ちゃんは体温を測り、記録をさかのぼり、横を向いてもらって背中に聴診器を当てた。
それから、口の中を見せてもらった。

ラッ子さん、昨日はトイレまで歩けましたか。

昨日はねえ、行けたと思うんですけど。今日はちょっと、無理でしたね。

分かりました。先生にご連絡しますね。
(シジ美ちゃんの心の声)
ちゃんと見られた。この前教わったこと、全部できた。
事業所に戻って。

シャチ子さん。ラッ子さんの件で先生にお電話したんですけど。
「じゃあ様子見ましょうか」で終わっちゃって。

何とお伝えしましたか。

熱が37度5分あって、活気がなくて、肺の音が少しおかしいです、と。

うん。それじゃ先生は動かないわね。

……でも、ちゃんと見たんです。背中も聴いたし、口の中も見ました。

見たことは疑ってない。伝わってないだけ。

見ることと、伝えること。これは別の技術です。

それと、ひとつ前提を置かせてください。私たちが現場で出会うのは、急変そのものより、急変に至る前の段階のほうが多いとされています。

急変の、前ですか。

「なんとなく普段と様子が違う」「バイタルはそんなに悪くない」。今日シジ美ちゃんが感じたのは、まさにそれです。
だから伝え方が要ります。まだ数字が崩れていない段階のことを、崩れる前に動かすための言葉ですから。
医師が動くのは、状態にではない

先生は、熱が37度5分だから動くわけではありません。

えっ。じゃあ、何を見て決めてるんですか。

変化です。 その人が、どこからどこへ動いたのか。
「37度5分」は今の断面です。「平熱35度8分の方が37度5分」は変化になります。

……あ。

「昨日はトイレまで歩けたが、今日は行けなかった」も変化です。シジ美ちゃんは、それを聞き取れていました。

聞いたのに、言わなかったってことですか。

そうです。見たことと、伝えたことがずれている。 今日はそこを埋めましょう。
「活気がない」で終わらせない

私、若い子の報告で一番もったいないと思うのが「活気がない」なのよ。

だめですか。

だめじゃない。でも、それだけだと相手の頭に絵が浮かばないの。
「活気がない」って、あなたは何を見てそう思ったの。

……いつもは声をかけたら返事があるのに、今日はなかった。ぼーっとした顔で。

それを言うのよ。「活気がない」じゃなくて、今あなたが言ったほう。

意識レベルはJCSなどの尺度で表せます。そこは共通の言葉があるので使いましょう。

あと家族の言葉。「息子さんが、今朝から様子が違うって言ってます」。これ、けっこう効くのよ。

家族の主観でも、いいんですか。

週に二、三回しか行かない私たちより、毎日見てる人のほうが先に気づくことがあるからね。
私はこう組み立てている

参考までに、私が電話する前に何を揃えてるか話すわね。事業所や先生によって違うから、そのまま真似しなくていいけど。

まずバイタル。前の数値と並べられる形で。 「37度5分」じゃなくて「平熱35度8分、今日37度5分」。
呼吸のリズムと、肺の音。どこで聴いたかまで。「背中の下のほうで、断続性のラ音」。

「活気がない」の中身。さっきの言い方でね。
それと、痰を吸引したなら痰の性状と、残渣物があったかどうか。

残渣物、ですか。

食べ物のかけらが引けたら、それは誤嚥した証拠になるでしょう。先生の判断が変わるのよ。

ひとつ補足を。いまウツボさんが挙げた順番には、SBARという名前がついています。状況・背景・評価・提案の頭文字です。

型があるんですか。覚えたほうがいいですか。

覚える順番は、逆でいいと思います。ウツボさんの組み立てをまねしているうちに、型のほうが後からついてきますから。

私だって、その名前で覚えたわけじゃないもの。
足りていない2つ

ウツボさんの組み立てに、私から2つ足します。どちらも先生が判断に使う情報です。
1つめ、時間軸。 いつからか。前回の訪問時はどうだったか。今日の訪問中に変わったか。

どうして時間が大事なんですか。

往診で足りるか、今すぐ受診が必要か。それを分けるのは、悪化の速さだからです。
「昨日は歩けたが今日は起きられない」と「一週間かけて少しずつ」では、まったく別の緊急度になります。

……私、それ聞いてたのに。

次からは気をつけることができそうですね。2つめ、食事と水分。 最後にいつ、何を、どれくらい。そのときむせたか、声がガラガラしなかったか。

誤嚥性肺炎なのに、食事のことを言ってませんでした。

起因の推定に直結します。それに、脱水の評価にも要ります。

あの、ウツボさんが言ってた「前の数値と並べる」も、同じ話ですよね。

そうです。時間軸も、数値の比較も、結局は「いつもと比べてどうか」に収まります。

それと肺の音ね。「どこで聴いたか」まで言うって話したでしょ。
「背中の下のほうでラ音」まで言えたら、先生はレントゲン撮るかどうか考え始めるからね。
シジ美ちゃんの、今日の学び
- 医師が動くのは状態にではなく、変化に対して。書くのは断面ではなく差分
- 「活気がない」で終わらせない。何を見てそう思ったかを書く
- 時間軸と、食事・水分。この2つが抜けやすい
ノートに書き出してみると、伝えられることが思ったよりあった。
——明日の朝、もう一度、先生に電話しよう。
この章のQ&A
Q. 記録に書くことと、電話で伝えることは、同じでいいのでしょうか。
材料は同じですが、順番と量が違います。
記録は残すためのものなので、時系列で漏れなく書きます。あとから他の人が差分を読めることが目的です。
電話は動いてもらうためのものなので、変化の大きいところから先に言います。全部を順番に話すと、相手の頭の中で優先順位がつきません。
書いてから電話するのが、いちばん楽です。 書く過程で自分の中が整理されるので。ただし、後述のとおり急ぐときは書き終える前に電話してかまいません。
Q. 完璧な報告を求められると、かえって報告しづらくなります。
そのとおりで、これは本当に起こります。 揃えてから電話しようとして、電話が遅れる。
なので順序を決めておきます。危ないと思ったら、揃う前に連絡する。 そのとき伝えるのは「今こう見えていて、これが心配です」の一言でいい。詳細は話しながら足せます。
この章で扱ったのは、時間があるときの報告の質を上げる話であって、緊急時に完璧を求める話ではありません。遅れるくらいなら、粗くていい。
Q. 前回の訪問に自分が入っていないと、何と比べればいいのか分かりません。
比べられないのは、自分の力不足ではなく、記録の形の問題であることが多いです。
現実的な手は2つ。訪問前に前回入った人に一言聞く。「ラッ子さん、先週どうでした」の30秒で、記録には残らない印象が拾えます。
もうひとつは、自分が書くときに、次の人が比べられる形で書く。「トイレまで自力で往復できた」と書いてあれば、次の人が差分を取れます。この章でやったことは、自分のためだけではありません。

次回は、届け先の話です。同じ変化に気づいても、伝える相手を間違えると事態は動きません。
主治医、ケアマネジャー、そして家族。誰に何を渡すかを整理します。

※ 登場人物はすべて架空です。特定の利用者・ご家族をモデルにしたものではありません。
※ 医学的記述は参考資料に基づいています。個別の判断は主治医にご確認ください。
※ 制度・加算に関する記述は、改定により変わります。
※ 個別のご相談にはお答えできません。担当の主治医・訪問看護師にご相談ください。
参考にした資料
- アスエイド「訪問看護における救急対応、医師への報告のポイント」(2025年2月18日)
- アスエイド「訪問看護師と医師との連携について」
- Okazaki T, Izumi S. 繰り返す誤嚥性肺炎に対するリハビリテーション医療. Jpn J Rehabil Med. 2023;60(2):108-113.


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