見たことを、言葉にする|訪問看護のための病態のはなし #4

誤嚥性肺炎
ツナ太郎
ツナ太郎

「ちゃんと見たのに、動いてもらえなかった」。新人のころ、たいていの人が一度は通ります。

今回は、見ることと伝えることを切り離します。見えていても、言葉が届かなければ何も起きません。

この章で伝えたいこと

  • 医師が動くのは、状態にではなく変化に対して
  • 「活気がない」は、何を見てそう思ったかまで言う
  • 抜けやすいのは、時間軸と、食事・水分

なぜそう言えるのか、順番に見ていきます。

この資料について

訪問看護の現場でよくある場面を、会話形式でまとめた学習用の読み物です。登場人物はすべて架空です。

なお、新人看護師のシジ美ちゃんはひとりで訪問していますが、実際の新人教育は同行訪問から始まります。ここでは読みやすさのために、ひとりで伺う場面として書いています。


数日後。ラッ子さんの家。

マンボ郎
マンボ郎

今朝から、なんだか元気がなくて。食事も半分残しました。

シジ美
シジ美

分かりました。少し詳しく見せてくださいね。

シジ美ちゃんは体温を測り、記録をさかのぼり、横を向いてもらって背中に聴診器を当てた。

それから、口の中を見せてもらった。

シジ美
シジ美

ラッ子さん、昨日はトイレまで歩けましたか。

ラッ子
ラッ子

昨日はねえ、行けたと思うんですけど。今日はちょっと、無理でしたね。

シジ美
シジ美

分かりました。先生にご連絡しますね。

(シジ美ちゃんの心の声)

ちゃんと見られた。この前教わったこと、全部できた。


事業所に戻って。

シジ美
シジ美

シャチ子さん。ラッ子さんの件で先生にお電話したんですけど。

「じゃあ様子見ましょうか」で終わっちゃって。

シャチ子
シャチ子

何とお伝えしましたか。

シジ美
シジ美

熱が37度5分あって、活気がなくて、肺の音が少しおかしいです、と。

ウツボ
ウツボ

うん。それじゃ先生は動かないわね。

シジ美
シジ美

……でも、ちゃんと見たんです。背中も聴いたし、口の中も見ました。

ウツボ
ウツボ

見たことは疑ってない。伝わってないだけ。

シャチ子
シャチ子

見ることと、伝えること。これは別の技術です。

シャチ子
シャチ子

それと、ひとつ前提を置かせてください。私たちが現場で出会うのは、急変そのものより、急変に至る前の段階のほうが多いとされています。

シジ美
シジ美

急変の、前ですか。

シャチ子
シャチ子

「なんとなく普段と様子が違う」「バイタルはそんなに悪くない」。今日シジ美ちゃんが感じたのは、まさにそれです。

だから伝え方が要ります。まだ数字が崩れていない段階のことを、崩れる前に動かすための言葉ですから。

医師が動くのは、状態にではない

シャチ子
シャチ子

先生は、熱が37度5分だから動くわけではありません。

シジ美
シジ美

えっ。じゃあ、何を見て決めてるんですか。

シャチ子
シャチ子

変化です。 その人が、どこからどこへ動いたのか。

「37度5分」は今の断面です。「平熱35度8分の方が37度5分」は変化になります。

シジ美
シジ美

……あ。

シャチ子
シャチ子

「昨日はトイレまで歩けたが、今日は行けなかった」も変化です。シジ美ちゃんは、それを聞き取れていました。

シジ美
シジ美

聞いたのに、言わなかったってことですか。

シャチ子
シャチ子

そうです。見たことと、伝えたことがずれている。 今日はそこを埋めましょう。

「活気がない」で終わらせない

ウツボ
ウツボ

私、若い子の報告で一番もったいないと思うのが「活気がない」なのよ。

シジ美
シジ美

だめですか。

ウツボ
ウツボ

だめじゃない。でも、それだけだと相手の頭に絵が浮かばないの。

「活気がない」って、あなたは何を見てそう思ったの。

シジ美
シジ美

……いつもは声をかけたら返事があるのに、今日はなかった。ぼーっとした顔で。

ウツボ
ウツボ

それを言うのよ。「活気がない」じゃなくて、今あなたが言ったほう。

シャチ子
シャチ子

意識レベルはJCSなどの尺度で表せます。そこは共通の言葉があるので使いましょう。

ウツボ
ウツボ

あと家族の言葉。「息子さんが、今朝から様子が違うって言ってます」。これ、けっこう効くのよ。

シジ美
シジ美

家族の主観でも、いいんですか。

ウツボ
ウツボ

週に二、三回しか行かない私たちより、毎日見てる人のほうが先に気づくことがあるからね。

私はこう組み立てている

ウツボ
ウツボ

参考までに、私が電話する前に何を揃えてるか話すわね。事業所や先生によって違うから、そのまま真似しなくていいけど。

ウツボ
ウツボ

まずバイタル。前の数値と並べられる形で。 「37度5分」じゃなくて「平熱35度8分、今日37度5分」。

呼吸のリズムと、肺の音。どこで聴いたかまで。「背中の下のほうで、断続性のラ音」。

ウツボ
ウツボ

「活気がない」の中身。さっきの言い方でね。

それと、痰を吸引したなら痰の性状と、残渣物があったかどうか。

シジ美
シジ美

残渣物、ですか。

ウツボ
ウツボ

食べ物のかけらが引けたら、それは誤嚥した証拠になるでしょう。先生の判断が変わるのよ。

シャチ子
シャチ子

ひとつ補足を。いまウツボさんが挙げた順番には、SBARという名前がついています。状況・背景・評価・提案の頭文字です。

シジ美
シジ美

型があるんですか。覚えたほうがいいですか。

シャチ子
シャチ子

覚える順番は、逆でいいと思います。ウツボさんの組み立てをまねしているうちに、型のほうが後からついてきますから。

ウツボ
ウツボ

私だって、その名前で覚えたわけじゃないもの。

足りていない2つ

シャチ子
シャチ子

ウツボさんの組み立てに、私から2つ足します。どちらも先生が判断に使う情報です。

1つめ、時間軸。 いつからか。前回の訪問時はどうだったか。今日の訪問中に変わったか。

シジ美
シジ美

どうして時間が大事なんですか。

シャチ子
シャチ子

往診で足りるか、今すぐ受診が必要か。それを分けるのは、悪化の速さだからです。

「昨日は歩けたが今日は起きられない」と「一週間かけて少しずつ」では、まったく別の緊急度になります。

シジ美
シジ美

……私、それ聞いてたのに。

シャチ子
シャチ子

次からは気をつけることができそうですね。2つめ、食事と水分。 最後にいつ、何を、どれくらい。そのときむせたか、声がガラガラしなかったか。

シジ美
シジ美

誤嚥性肺炎なのに、食事のことを言ってませんでした。

シャチ子
シャチ子

起因の推定に直結します。それに、脱水の評価にも要ります。

シジ美
シジ美

あの、ウツボさんが言ってた「前の数値と並べる」も、同じ話ですよね。

シャチ子
シャチ子

そうです。時間軸も、数値の比較も、結局は「いつもと比べてどうか」に収まります。

※ 第2章

ウツボ
ウツボ

それと肺の音ね。「どこで聴いたか」まで言うって話したでしょ。

「背中の下のほうでラ音」まで言えたら、先生はレントゲン撮るかどうか考え始めるからね。


シジ美ちゃんの、今日の学び

  1. 医師が動くのは状態にではなく、変化に対して。書くのは断面ではなく差分
  2. 「活気がない」で終わらせない。何を見てそう思ったかを書く
  3. 時間軸と、食事・水分。この2つが抜けやすい

ノートに書き出してみると、伝えられることが思ったよりあった。

——明日の朝、もう一度、先生に電話しよう。


この章のQ&A

Q. 記録に書くことと、電話で伝えることは、同じでいいのでしょうか。

材料は同じですが、順番と量が違います。

記録は残すためのものなので、時系列で漏れなく書きます。あとから他の人が差分を読めることが目的です。

電話は動いてもらうためのものなので、変化の大きいところから先に言います。全部を順番に話すと、相手の頭の中で優先順位がつきません。

書いてから電話するのが、いちばん楽です。 書く過程で自分の中が整理されるので。ただし、後述のとおり急ぐときは書き終える前に電話してかまいません。

Q. 完璧な報告を求められると、かえって報告しづらくなります。

そのとおりで、これは本当に起こります。 揃えてから電話しようとして、電話が遅れる。

なので順序を決めておきます。危ないと思ったら、揃う前に連絡する。 そのとき伝えるのは「今こう見えていて、これが心配です」の一言でいい。詳細は話しながら足せます。

この章で扱ったのは、時間があるときの報告の質を上げる話であって、緊急時に完璧を求める話ではありません。遅れるくらいなら、粗くていい。

Q. 前回の訪問に自分が入っていないと、何と比べればいいのか分かりません。

比べられないのは、自分の力不足ではなく、記録の形の問題であることが多いです。

現実的な手は2つ。訪問前に前回入った人に一言聞く。「ラッ子さん、先週どうでした」の30秒で、記録には残らない印象が拾えます。

もうひとつは、自分が書くときに、次の人が比べられる形で書く。「トイレまで自力で往復できた」と書いてあれば、次の人が差分を取れます。この章でやったことは、自分のためだけではありません。


ツナ太郎
ツナ太郎

次回は、届け先の話です。同じ変化に気づいても、伝える相手を間違えると事態は動きません。

主治医、ケアマネジャー、そして家族。誰に何を渡すかを整理します。

誰に、どう届けるか|訪問看護のための病態のはなし #5
同じ観察でも、主治医・管理者・ケアマネジャー・家族では渡す形が変わります。誰に、何を、どの順番で届けるか。急変時の連絡順は事業所ごとに違います。

※ 登場人物はすべて架空です。特定の利用者・ご家族をモデルにしたものではありません。

※ 医学的記述は参考資料に基づいています。個別の判断は主治医にご確認ください。

※ 制度・加算に関する記述は、改定により変わります。

※ 個別のご相談にはお答えできません。担当の主治医・訪問看護師にご相談ください。

参考にした資料

  • アスエイド「訪問看護における救急対応、医師への報告のポイント」(2025年2月18日)
  • アスエイド「訪問看護師と医師との連携について」
  • Okazaki T, Izumi S. 繰り返す誤嚥性肺炎に対するリハビリテーション医療. Jpn J Rehabil Med. 2023;60(2):108-113.

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